【書評】【リライト版】「敗北」を抱きしめ、組織の外に知性を求める。40代目前のサラリーマンが『敗北を抱きしめて』から学んだ再生の記録/ジョンダワー著/敗北を抱きしめて

【40代の生存戦略】組織の不条理とキャリア再構築

※本記事は、JTC(伝統的大企業)での出世競争から一線を画した筆者が、歴史的名著『敗北を抱きしめて』を通じて、組織に依存しない「個」の再構築を試みたリライト・レポートです。

感想

 鳴かず飛ばずの出世競争から脱落した30代(40代目前)の私。 「せめて教養だけでも身につけよう」と、通勤電車の満員電車に揺られながら、3ヶ月かけて上下巻600ページに及ぶ大著『敗北を抱きしめて(ジョン・ダワー著)』を読み進めました。

学生時代、ピュリツァー賞を受賞した本書の存在は知っていましたが、当時は「自分には関係ない過去の話」として2chの評判を眺める程度でした。しかし、組織の論理に打ちのめされ、「敗北感」を抱えて生きる今の私にとって、本書に記された「戦後日本の再生」の記録は、驚くほど切実な生存戦略として響いたのです。

「満員電車で600ページの大著を開く苦行を、知的な『インプット時間』に変える」

私は3ヶ月かかりましたが、今は「聴く」選択肢があります。 吊り革を掴んだまま、この名著をインプットしませんか?

敗北の教典を読み解く:全17章の生存記録

第一章〜第三章:崩壊と「虚脱」の中での自助

本書では、戦後直後の日本において「公助」よりも「自助」が強調されていた現実が、当時の日記や投稿から生々しく描かれています,。 これは、現代の組織でも同じです。不祥事が起きれば「自己責任」が問われ、組織は個人を守ってくれない。戦後日本の「虚脱」状態と、うつ病で休職した私の「虚無感」は、驚くほど似ていました。

 日本人としてはあまり読みたくはないが、所謂敗戦国によくみられる占領軍相手の売春とそれをごっこ遊びする子供たち。その様子がきめ細やかなに記載されていました。

第四章〜第六章:敗北の文化と「言葉」の架け橋

 粗悪な「カストリ文化」が流行したように、敗北した人間は時に低俗なものに逃避します,。しかし、当時流行した「建設」や「明るい」といった前向きな言葉が、実は戦中の掛け声の流用だったという指摘には、JTCの古い体質と新しいスローガンの空虚さが重なりました。

 占領軍の大半が戦前の知日派ではなく、むしろ知日派を押しのけた理想主義者・単なる軍人から構成されていた事に驚く。

第七章〜第十章:押し付けられた「革命」と天皇の人間宣言

 民主化はGHQによる「押し付け」だと思っていましたが、実際には下からの自発的な動き(労働安定所の設立など)があったことを知り、驚きました。

  また、天皇の「人間宣言」に当時の国民が意外にも無関心だったという記述は、組織のトップが変わっても、現場のサラリーマンは明日の食い扶持(実務)に必死であるという普遍的な真理を突いています。

社労士の勉強にも関係してくる「労働安定所/公共職業安定所」はホテルのバーの女性店員の発案。ホテルのバーの女性店員とGHQの将校との関係は本書では深くは語らない。

 

 源頼朝、足利尊氏、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、徳川慶喜がそれぞれ優位に立ちながらも悩んだ宮中。朝廷・宮中は伊達じゃないということを再認識。

 教科書では、天皇の人間宣言について、国民は多くの衝撃を受けたと記載があるが、本書では、国民はあまり興味を持っていなかったと記載(→結構びっくりしました)

第十一章〜第十四章:責任の回避と「新たなタブー」

 戦時中の教育者が一転して民主主義を説く変節。少年Hが語った「僕は海藻のようになれない、ポキッと折れてしまう」という言葉は、組織の論理に染まれない私自身の叫びのようでした,。 また、GHQによる「忖度」と「自己検閲」のシステム作りは、現代の日本企業の意思決定プロセスそのものです。

 後半の復員兵の日記がリアルであり、はだしのゲンや少年Hでも同じような描写がありました。少年Hでの記述が思い出されます。

「みんな海の中の海藻と同じだ。波の流れに逆らわず、その方向に揺れる。僕は海藻のようになれない。波の動きが急激に変わるとポキッと折れてしまう」

 

 日本の再軍備を懸念する中華民国等により要求された第66条の「文民条項」。軍務大臣現役武官制と対比されることが多いが、この第66条が逆に暗に軍部の存在を容認することとなったのは皮肉。

たしかに軍部・軍人がいなければ、その対比の「文民」自体が存在しないのだから。

 所謂レッド・パージのお話。

 和らかな暗黙の了解と懲罰を組み合わせたGHQのやり方は実に巧妙。誰もが「忖度」、「自己検閲」するのだから。日本の大企業でも同じだよね・・・。

第十五章〜第十七章:勝者の裁き、敗者の再起

 東京裁判の舞台裏で起きていた「責任のなすりつけ合い」。 そしてエピローグで語られる「失われた30年」。2001年に執筆された本書を20年以上経った今読むと、成長が止まった組織で「敗北」を抱えたまま生きる私たちの、切実な現在地を再認識させられます,。

 誰もがGHQに表立って逆らえない(忖度せざるを得ない)なか、戦犯指定された者だけが裁判の中で自由に戦勝国を批判できたのは皮肉。

 「大著を読み切る時間がない、忙しいあなたの知恵に」

「600ページの歴史書を通勤電車で3ヶ月かけて読むのは、並大抵のことではありません。組織での戦いに疲れた時、歴史の教訓は最高の薬になります。まずは短時間で名著のエッセンスを吸収できるサービスを活用し、思考のデトックスを始めませんか?」

結論:人生は「誤差」、だが知性は裏切らない

「犯罪者を忘れず、その罪を忘れる」――この一節は、今の日本企業にも通じる格言かもしれません。 組織内での評価や出世は、長い歴史から見れば「誤差の範囲」です。しかし、敗北を抱きしめながらも、満員電車で大著に挑んだその「知的な経験」だけは、誰にも奪われない私の資産です

「あなたの『敗北』を、新しい歴史の始まりにするために」

組織に忖度し、自己検閲を繰り返す日々。その閉塞感を打ち破るヒントは、80年前の日本にありました。本書を読み終えた時、あなたは今の自分の状況を「誤差の範囲」として俯瞰できるようになっているはずです。



2001年から21年たった2022年に本著最後のエピローグを読むと、失われた30年を如実に感じる。

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