【JTCの終活】役職を降りた後の「天国と地獄」。老害化を回避し、組織にしぶとく残るための実務生存戦略

【40代の生存戦略】組織の不条理とキャリア再構築

※本記事は、2024年9月に執筆した内容をベースに、その後目撃した「再雇用者のリアル」と2026年現在の視点を加え、加筆したリライト版です。

 JTC(伝統的大企業)という巨大な船において、私たちは常に「何者か」であることを求められます。しかし、定年や役職定年という名の「下船」の時期は、誰にでも等しく訪れます。

 出世競争から脱落した「万年係長」の私にとって、「脱管理職後」の姿は、数年後の自分を映す鏡です。そこには、若手に慕われる「現役の賢者」と、影で冷笑される「過去の亡霊」という、残酷なまでのコントラストが存在していました。

今回は、私が間近で見た3人の対照的なエピソードから、老害化を避けるための生存戦略を考察します。

パターンA:かつての「咆哮する虎」が「微笑みの守護神」へ

 副部長時代のAさんは、部内の誰もが恐れる「現場の鬼」でした。 高卒叩き上げで実務の細部まで知り尽くしているがゆえに、部下の些細なミスも逃さず、会議室には彼の怒号が響き渡ることもしばしば。私の元上司である課長を、過呼吸寸前まで追い込んだことさえあります。

しかし、役職を降りて「再雇用者」として戻ってきたAさんは、まるで別人のようでした。

  • 現在の姿: 常に穏やかな微笑みを浮かべ、若手担当者がシステムの不具合や過去の経緯で頭を抱えていると、スッと横に立ち、「それはね、10年前のあのトラブルの時にこう変えたんだよ」と、生ける辞書として救いの手を差し伸べます。
  • なぜ慕われるのか: マネジメント(管理)を捨て、「圧倒的な実務知識」という武器を若手のために解放したからです。かつての恐怖政治を知らない若手にとって、彼は「何でも知っている親切なベテラン」であり、組織にとって欠かせないピースとなっています。

パターンB:かつての「輝ける英雄」が「漂流する亡霊」へ

  一方で、有名大学出身で経営企画部門の中枢を歩んだ副部長、Bさんの転落は悲劇的でした。 現役時代は、役員とも対等に渡り合い、面倒な他部署との調整では先陣を切って戦ってくれる、部下思いの「頼れる兄貴分」でした。

 しかし、再雇用後の彼は、急速に「老害」のレッテルを貼られることになります。

なぜ煙たがられるのか: 彼は、「役職」という看板がなくなった後も、「管理する側」の感覚を捨てきれなかったのです。実務能力が伴わないアドバイスは、現代のスピード感で戦う若手にとって、ただの「ノイズ」でしかありませんでした。

現在の姿: 現場の細かい実務作業(Excelやクラウドツール)には疎いため、自分では手を動かせません。それなのに、後任の副部長の判断に「俺の時はこうだった」と口を挟み、マトリックス組織へと進化した現在のワークフローを無視して、古い「俺ルール」を押し通そうとします。

「看板が外れた時、あなたに残る『武器』は何か?」

「マネジメントの椅子はいつか誰かに譲るもの。その時、現場の若手に混じって『自分も手を動かせる』ことは、最大の防御になります。Excelの関数一つ、新しいツールの操作一つ。JTCの古びた序列を脱ぎ捨て、生涯現役の『実務家』として生きるための準備を、今から始めませんか?」

おまけ:万年平社員から「ルールの番人」へ、最悪の末路

 最後に、万年平社員で再雇用を迎えたCさんの事例です。私も万年平社員で定年を迎えると思うので、反面教師として記載します。

 Cさんは現役時代から「いかに責任を取らずに逃げ切るか」を追求してきた人でした。 再雇用後、彼に与えられたのは簡単なデータ入力などの雑務でしたが、彼はそこで不思議な「権力」を見出しました。

  • 現在の姿: 自分の仕事は棚に上げ、若手担当者の申請書類に対して「フォントが統一されていない」「社内チャットの挨拶がなっていない」といった、どうでもいい古いルールを指摘し続け、周囲を疲弊させています。
  • なぜ馬鹿にされるのか: 自分の存在価値を「他人の足を引っ張ること」でしか証明できなくなっているからです。「今日もCさんの『お作法』が始まったよ」と、若手の飲み会のネタにされている彼の姿は、まさに未来の私の「なりたくない姿」そのものでした。

 

結論:組織の「重り」ではなく「バッファ」になろう

 3人の姿を見て確信したのは、脱管理職後の幸せな人生は、「どれだけ謙虚に、一兵卒として実務に徹することができるか」にかかっているということです。

  • 管理職時代にこそ、現場の実務を忘れないこと。
  • 看板を脱いだら、過去の栄光を記憶の底に封印すること。

 JTCという冷徹な組織において、出世競争から脱落した事実は変えられません。 しかし、その後の人生を「老害」として周囲を呪って過ごすか、あるいは「徳の高いベテラン」として感謝されて過ごすかは、今の自分の「心の持ち方」次第です。

 人生はすべて誤差の範囲。 ならば、せめて最後は、若手たちの行く道を照らす「柔らかな光」のような存在でありたいです。

 

 

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