【40代の深淵】年老いた親との向き合い方と、成功した友人への「嫉妬」という毒。JTC万年係長が見つけた救いの生存戦略

【等身大の再起】失敗から学ぶ、40代からの「自分らしい」暮らし方

 40代という年齢は、人生の折り返し地点。

 それは、自分自身の限界(JTCでの出世の芽が潰えた現実)と、かつて最強の盾であった親の「老い」を同時に突きつけられる、極めて残酷なフェーズでもあります。

 かつては「何者かになれる」と信じて疑わなかった私を待っていたのは、うつ病による休職と、同期から一周遅れの「万年係長」という肩書きでした。

 今回は、そんな私が直面している「老いた親との葛藤」と「成功した友人へのルサンチマン(嫉妬)」、そしてそこからしぶとく生き抜くための方法論を語ります。

 70代を迎えた親の老いという衝撃

 親が50代、60代の頃は、まだ「相談相手」であり「頼ってもいい存在」でした。しかし、親が70代に差し掛かった今、私は彼らの「衰え」を直視せざるを得ません。

  • 身体的な衰え: 昨日までできていたことが、今日できなくなる。
  • 認知的な変化: 会話のテンポがズレ、同じ話を繰り返す。

 インターネット上の高齢者心理に関する知見によると、40代の子が直面する最大のストレスは、親の介護そのものよりも、「自分の理想とする親像の崩壊」への失望だと言われています。

 介護が始まっていない段階では、歳を取って頑固・価値観が固定してしまった親との価値観の相違が一番、辛いように感じます。

 会社では20代の若者から価値観がアップデートできていないと陰口をたたかれる40代の窓際係長の私からしても、あまりに価値観が古く感じる。

とはいえ親がまだ元気な間は、それでもよかったが、親が老いてくるにつれ、今や私が彼らを支える側に回らなければならない。この役割の逆転こそが、40代の孤独を加速させます。

<親の健康と安心を守る>

「離れて暮らす親の『もしも』を、テクノロジーで支える」 JTCでの激務中、親の体調不良は突然やってきます。心の余裕を持つために、準備しておくことが最大の生存戦略です。


画面越しの再会。司法試験を突破した「本物」と、遊び惚けた「偽物」の私

 先日、ふとテレビを眺めていると、大学時代の友人が弁護士として少しだけ専門的見地を述べている姿をみた。 画面の中の彼は、専門的見地から冷静にコメントを述べる「本物のスペシャリスト」としてそこに立っていました。

 その姿を見た瞬間、私の胸の奥底から、どうしようもない惨めさがこみ上げてきました。

 確かに、大学時代の私たちは決定的に違っていました。彼は法科大学院の勉強に心血を注ぎ、私はといえば、未来への危機感もなく遊び惚けていた。その「時間の使い方」の差が、20年後の今、「テレビで発言する者」と「それを窓際で眺める者」という、修復不可能な格差となって現れたのは頭では理解しています。

 それでも何とも言えないこの気持ち。色々、自分自身の虚しさと小ささ、そして将来への漠然とした不安が残る一日となった。

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モーニングページの限界。手書きで整理できない「心の泥」をどうするか

 この漠然とした不安を解消するために、私はこれまで推奨してきた「モーニングページ」に縋りました。ノートに思いつく限りの悩みを書き出す。心のデトックス……のはずでした。

 しかし、今の私の悩みは、ノートに書いた程度では整理できないほどに重く、濁っています。手書きの文字が、自分の惨めさを肯定するだけの「証拠」に見えてしまい、逆に頭が重くなる感覚。

 そんな時、私は思いました。 「この言語化できない泥のような感情を、AIに打ち込んで整理してもらうのはどうだろうか」と。

 実際にAIに悩みを相談してみると寄り添ってくれ、悩みの論点を整理してくれます。心もある程度晴れましたが、本当にこれでいいのかと・・・。

 かつて筆記具を愛し、LAMYのペンで丁寧にノートを綴ることを至高としていた私ですが,、現代の生存戦略においては、「AIという客観的な外部脳」を使い、自分を再起動させる柔軟さも必要なのかもしれません。テクノロジーを使って自分の機嫌を取る。それもまた、立派なうつ病再発防止策なのです。

40代の幹事という憂鬱。「抹殺」された世代と「羨ましい」若手たち

そんな憂鬱な日々を追い込むように、来週は飲み会の幹事が待っています。退職した元上司たちとの会合。40代にもなって、なぜ私がお店の手配をし、テーブルの配分を気にしなければならないのか。

今の若手を見ていて、正直「羨ましい」と感じることがあります。 ネットで揶揄される「若手に幹事を任せたらファミレスのような場所で、テーブルもバラバラだった」というエピソード。

私たちの時代なら、そんな振る舞いは「抹殺」の対象でした。 上意下達、体育会系のJTCにおいて、幹事は命を懸けた「接待」であり、粗相は死を意味しました。

老害なのはわかっている。それでも、今の若手の「自由さ」に嫉妬し、一方で自分がいまだに旧来の役割(幹事)を背負わされていることに、強烈な虚しさを覚えるのです。

<飲み会・宴会の効率化と自分へのご褒美>

 「憂鬱な幹事仕事を、スマートに、そして自分に得がある形に」 40代の幹事は、自分の精神を削る仕事です。せめてポイント還元や特典で、自分に「お疲れ様」を言いましょう。

すべては「誤差の範囲」——飲み会の夜も、AIに頼る朝も

 弁護士になった友人活躍も、飲み会の幹事で溜め息をつく私の夜も、100年後の歴史から見ればすべては「誤差の範囲」に過ぎません,。

 大切なのは、誰と比較して惨めになるかではなく、「今、この瞬間の自分の心を守ること」です。手書きでダメならAIに頼ればいい。幹事が嫌なら、せめて美味しいビールの一杯を楽しめばいい。

 人生は、完璧である必要はありません。 ただ、明日もしぶとく、窓際のデスクでモーニングページ(あるいはプロンプト入力)を続けていること。それだけで、十分なのだと自分に言い聞かせています。

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