はじめに
「経営者目線を持て」とよく言われます。サラリーマンは労働者。経営戦略を考えるのが経営者の仕事だろうと反発していましたが、日本の大企業の経営者は、サラリーマン上がりが大半なのも事実。
雑務係として経営戦略を携わる部署に配属された出世コースから外れた私がお勧めする一冊。
戦略論の勉強以外にも、単なる歴史好き・戦史好きの人にもお勧めです。
ビジネスを本格的に学ぶにはこのような講義を受けてみるのもお勧め
本書概要
旧日本軍の失敗等を分析し、戦史研究に留まらず、社会科学の面から組織的な失敗について記述された名著「失敗の本質」。「失敗の本質は」勝間和代やサントリー社長の新浪剛史も愛読し、経営者のみならず、サラリーマンにもよく読まれている1冊。
「失敗の本質」の著者たちが再び集結し、そもそも戦略とはなんぞやを改めて戦史に則り議論し、その議論を集約したのがこの1冊。
<失敗の本質もお勧めです>
本著の構成
本著の構成は、第二次世界大戦以降の戦史の実例をもとに戦略について論じています。大きな構成は以下の通り。
- 序章:なぜいま戦略なのか
- 第一章:戦略論の系譜
- 第二章:毛沢東の反「包囲討伐」戦~国民党に勝利した遊撃戦~
- 第三章:チャーチルの「バトルオブブリテン」~ナチスの空軍からの防空戦略~
- 第四章:スターリンの「スターリングラードの戦い」~ナチスの電撃戦への対応~
- 第五章:マッカーサーによる「朝鮮戦争における仁川上陸作成」~戦略の成功と大戦略の失敗~
- 第六章:サダトによる「第四次中東戦争」~劣勢なエジプト軍による対イスラエルへの限定戦争戦略~
- 第七章:アメリカ軍による「ベトナム戦争」~圧倒的優位な立場ながら戦略目標を定められなかった失敗~
- 第八章:逆転を可能にした戦略
- 第九章:戦略の本質とは何か-10の命題
第二章~第七章までは実際の戦史を踏まえて記載されており、とても読みやすいです。戦略とはなんぞやといった事に興味がなくとも歴史好きには楽しく読めます。
また各章の最後に「アナリシス」という形で分析結果がまとまっているので、時間がない方は最後の「アナリシス」を読むだけでも十分勉強になります。
※各章の題名は、一部、わかりやすいように変更しています。
サラリーマン目線での各章の紹介
サラリーマン目線で各章の紹介をしていきます。本書を購入される前に参考になれば。
第一章~戦略論の系譜
戦略論の系譜としては大きく分けると「ジョミニの戦争概論」と「クラウゼヴィッツの戦争論」の2つに集約されます。
ともに、ナポレオン戦争を経験した同時代の著者が記載した戦略論。
クラウゼヴィッツの「戦争論」は説明するまでもなく、戦略論の著名な著作であり、経営者等の愛読書になっている一方、ジョミニの「戦争概論」は戦史研究家等以外にはあまり知られていないのが実情。
昔は、ジョミニの「戦争概論」の方が人気。ジョミニの「戦争概論」は、戦争を科学的に分析し、わかりやすく所謂法則等を記述しており、1,800年代の軍人にとっては分かりやすかったのが人気の要因。
一方、クラウゼヴィッツの戦争論は、戦場の霧等の不確定要因や、「戦争とはなんぞや」といった哲学的な記述が多く、敬遠された模様。
しかしながら戦争が複雑化し、科学的な法則では解決できない事がわかるにつれ、技術的・科学的なジョミニの「戦争概論」よりも、より哲学的なクラウゼヴィッツの「戦争論」が中心へ。
<サラリーマン目線での考察>
技術的・法則的な実用書はサラリーマンとしてもついつい手に取ってしまい、それを読むとわかった気がしますが、本質的な理解を得るためには、哲学的なアプローチ、そもそもなぜこれをやるのかといった視点が重要なのだなぁと改めて認識。
<クラウゼヴィッツの戦争論>
以前、読んだことがありますが、ナポレオン戦争時のプロイセン、フランスの地名・将軍の名前等の前提知識がないと正直読みずらかったです。
いきなり、戦争論を読むのではなく、まずは概要・簡易版から読むのがお勧め
<ジョミニの「戦争概論」>
クラウゼヴィッツの戦争論よりも分量が少なく、読みやすかったのは事実。
「かめさん」、戦争論とか読んだ?
大学生だし、一度は読んだ方がいいと思うよ。
戦争論ってめっちゃ難しくない?
え。そんなに難しくないよ。
是非読んでみて
<友人から勧められた戦争論>
戦争論違いじゃ~~
第二章:毛沢東の反「包囲討伐」戦~国民党に勝利した遊撃戦~
圧倒的に優位な蒋介石率いる国民党軍に、毛沢東が挑み、勝利した戦い。毛沢東は、文化大革命等のイメージが強いが、少なくとも1930年代~1940年代の指導者、戦争指揮官としては秀逸。
また中国の為政者によくみられるように「詩」を愛することからわかりやすい言葉で戦略を本質を伝えたのも勝利の要因。毛沢東は、遊撃戦を以下の言葉で部下に周知。とてもわかりやすい。
「敵進我退,敵駐我擾,敵疲我打,敵退我追」
(敵が進んでくれば退き、敵がとどまれば攪乱し、敵が疲れれば攻撃し、敵が退けば追撃する)
<サラリーマン目線での考察>
圧倒的な不利な状況からの逆転。今はやりの言葉でいうならばブルーオーシャン戦略に近いものを感じる。
これほど優秀で、まさしく三国志に出てきそうなくらい人間的魅力にあふれる毛沢東がその後、文化大革命を起こすことは、大企業でもあるあるなのかな。
昔の危機を部長として取り仕切り、乗り切った人が役員・社長になると老害化・・・。
あると思います。
第三章:チャーチルの「バトルオブブリテン」~ナチスの空軍からの防空戦略~
ナチスドイツのイギリス侵攻作成のためのイギリス上空の制空権確保の戦い。かの有名なバトルオブブリテン。
どうしてもドイツのユンカース爆撃機の足の短さ(航続距離の短さ)や、イギリスのスピットファイヤ戦闘機等の秀逸性に目が行きがちではある。
イギリス勝利の要因はチャーチルの「ドイツに屈しない。イギリス単独での勝利は難しいが、防空・防戦し、その間にアメリカの参戦・支援を得る」という明確な「大戦略」。
一方、ドイツ空軍は、爆撃目標を、イギリスの継戦能力の壊滅としての航空基地からロンドンに変更したりとして戦略が一貫していなかった。
<サラリーマン目線での考察>
チャーチルは軍首脳に大戦略や果たすべき目標については口うるさく介入したそうだが、実際の戦術や戦争については、一切介入しなかったそうだ。
空軍司令官に(陸軍管轄の)高射砲部隊の指揮権を統一させ、防空については一任。
〇〇の案件については~~
その件は、私が一番詳しいから、
〇〇について●●~~
チャーチルを見習ってほしい・・・。
第四章:スターリンの「スターリングラードの戦い」~ナチスの電撃戦への対応~
スターリンによる「スターリングラード」の戦いによるナチスドイツへの勝利。スターリングラードがそもそもロシア南部のキエフ・オデッサ・セバストポリの奥にあることを始めて知りました。
ガンダムに出てくる「オデッサ」って黒海に面した
都市だったんだ。
マンシュタインが考察し、グーデリアンが実践し、難攻不落のマジノ線を無効化した「電撃戦」。
「電撃戦」は大規模な空爆の後、機械化装甲師団(機甲師団)が突入し、歩兵が制圧。このドイツの誇る「電撃戦」の長所を封じ込めるために、敵軍に密接(同士討ちを避けるために空爆ができない)し、瓦礫の中での歩兵による接近戦(瓦礫多数のため、戦車の速度が落ちる)を行ったスターリングラード。
戦略・戦術としては極めて正しいが、人類史上稀にみる悲惨な戦争に・・・。
<サラリーマン目線での考察>
敵の長所を封殺するという戦略は、極めて有効。ただし、これに関しては結果を知っているだけあってその他の事例と同じように「逆転の戦略」とする事に心理的には違和感が残ります。
チャーチルの第一次世界大戦の回顧録の言葉が一番しっくりきます。
「戦争から、きらめきと魔術的な美がついに奪い盗られてしまった。
アレクサンダーやシーザーやナポレオンが、兵士たちと危険を分かち合いながら、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。
そんなことはもうなくなった。
これからの英雄は、安全で静かで、物憂い事務室にいて書記官たちに取り囲まれて座る。一方、何千という兵士たちが、電話一本で機械の力によって殺され息の根を止められる。
これから先に起こる戦争は、女性や子供や一般市民全体を殺す事になるだろう。
やがて、それぞれの国々は大規模で、限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような破壊の為のシステムを産み出すことになる。
人類は、初めて自分たちを絶滅させることが出来る道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労の全てが最後に到達した運命である。」
<スターリングラードの攻防戦等を含め、とても貴重な映像があります>
第五章:マッカーサーによる「朝鮮戦争における仁川上陸作成」~戦略の成功と大戦略の失敗~
朝鮮戦争において電撃戦を成功させた北朝鮮軍が釜山まで侵攻し、韓国軍は命運の灯。その時、国連軍の総司令官であるマッカーサーがとったソウル近郊の「仁川」への逆上陸作成。
誰もが失敗すると反対する中、見事な指揮能力にて上陸に成功。マッカーサーの戦略眼が光った上陸作戦。
その一方、マッカーサーは北朝鮮軍の壊滅を図ろうとするが、中国の正式参戦を防ぐという「大戦略」の前に更迭されてしまう。
戦略と大戦略の齟齬について学ぶことができる事例
<サラリーマン目線での考察>
マッカーサー、トルーマンの評価については歴史が判断することであり、またマッカーサーとトルーマンの個人的な仲の悪さ等もあるが、誰もが反対した仁川上陸作成を成功させた英雄であるマッカーサーを更迭したトルーマンは良くも悪くも世界戦略を描いていたのだなと感じました。
関西人の私は、「仁川」と聞いた時は、最初、西宮北口の近くにある「仁川」に国連軍が上陸したのかと学生時代思ったのは内緒。
第六章:サダトによる「第四次中東戦争」~劣勢なエジプト軍による対イスラエルへの限定戦争戦略~
エジプト建国の父「ナセル」に比べて知名度は一段落ちる「ナセル」。イスラエルに連敗続きのアラブが奇襲作戦によりイスラエルに打撃を与え、「シナイ半島」を返還されたというくらいしか知識はありませんでした。
サダトによる第四次中東戦争は、本著の「戦略の本質」においてまさしく教科書的なやり方(最上段の大戦略から最下段の技術革新までが一貫)として紹介されています。
大戦略 | エジプトの自尊心の回復、シナイ半島の回復 イスラエルとの和平による国家財政の再建 |
軍事戦略 | イスラエルとの全面戦争ではなく、和平を行うための 限定戦争戦略 |
作戦戦略 | 不可能と言われたスエズ運河渡河作戦 |
戦術 | スエズ運河に限定した空中優勢の確保 新たな対戦車戦法によるイスラエル機甲部隊の封じ込め スエズ運河の通路啓開能力の確保 |
技術 | 移動式地対空ミサイルによる空中優勢の確保 歩兵携行式対戦車ミサイルの活用 高圧放水ポンプによる通路啓開 |
<サラリーマン目線での考察>
おそらく本書で紹介された6事例の中で一番「逆転の戦略」にぴったりな事例。サダトは、毛沢東、スターリン等と比べても、「独裁者」特有の恐ろしさ・逸話は少ないように感じる。
そのサダトの最期が「暗殺」というのは歴史の皮肉だなぁと感じた。
第七章:アメリカ軍による「ベトナム戦争」~圧倒的優位な立場ながら戦略目標を定められなかった失敗~
事例の中で唯一、主語が個人ではなく、「アメリカ軍」という組織な事例。様々な研究等で述べられているとおり、圧倒的なアメリカ軍ながら、ベトナム戦争の目的・勝利条件をきっちり定められず、ズルズル対処療法を行っていくうちに世論もあり、撤退した敗戦。
ベトナム戦争のアメリカ軍の動きを見ていると、太平洋戦争時の旧日本軍に少し似ている気がした。
<サラリーマン目線での考察>
現代アメリカにまだ影を落とすベトナム戦争。ベトナム戦争を題材にした戦争映画は、「地獄の黙示録」、「プラトーン」等様々。
「ランボー」ももともとはベトナム戦争の帰還兵による心の叫びの映画。シルベスター・スタローンの活躍ばかり目が行きがちなランボーシリーズではあるが、第一作目はベトナム戦争の帰還兵による心の叫びの映画なんだよなぁ~
「何も終わっていない!戦争は終わってないんだ!!」
ベトナムではガンシップを操作し戦車を運転し100万ドルもする設備を任せられてたんだ。それなのに帰還してみればどうだ?駐車場の警備員にすら雇ってもらえない!」
「この7年間ベトナムの悪夢が頭からずっと離れないんだ。目が覚めても自分がどこにいるのか分からなくなることがある。一日中誰とも話さない、時には一週間ずっと。忘れることができないんだ。」
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