【2025年度版】40代で出世競争に脱落した私の生存戦略。Z世代との共存とテレワークの最適解

うつ病再発防止に向けたサラリーマン生活

はじめに:2025年度、私は「出世競争」のゴールテープを外れた

 2025年度も幕を閉じようとしています。40代という、かつては「働き盛り」と呼ばれた世代。しかし、今の私を形作っているのは、華々しいキャリアアップではなく、「出世競争からの脱落」という冷ややかな現実です。

 流行りの「静かな退職」を決め込む勇気もなく、かといって情熱も湧かない。胸に抱いたルサンチマンを消せないまま、今日もおっさんは虚しさを抱えてPCに向かっています。この記事は、そんな私の2025年度の「愚痴」であり、同時に同じ境遇にいる方々へ贈る、ささやかな「生存記録」です。

Z世代との遭遇:PCスキルと「心の距離感」の不思議

 最近の職場を語る上で避けて通れないのが「Z世代」の存在。

 私より少し下の「ゆとり世代」が今や管理職となり、私は彼らから「Z世代の相手」を任されるという、なんとも複雑な立場にいます。

 Z世代と接して驚いたのは、彼らの「PCスキル」の意外な偏りです。デジタルネイティブな彼らは、スマホ操作こそ完璧ですが、意外にもタイピングやショートカットキー、マウス操作に不慣れな場面があります。私が20代後半の頃、仕事が遅いと怒られ、マウスを没収されてまでショートカットキーを叩き込まれた記憶が、今では遠い昔の武勇伝のようです。

 しかし、彼らとの関係は意外にも苦痛ではありません。飲み会の幹事を断る少し年下のゆとり世代に対し、かつて苛立ちを覚えたこともありましたが、Z世代は、「もはや弟や妹ですらない、遠い世代」として、穏やかな気持ちで眺めることができます。この「適度な諦め」を伴う距離感こそが、一番遅い氷河期世代の落ちこぼれの処世術なのかもしれません。

後輩に抜かれる屈辱、そして「承認欲求」の行き場

 かつて世話をしたと(一方的に思っている)後輩が管理職になる。これだけでも十分きついものですが、最近では「後輩の後輩」が私を追い抜いていきます。後輩から「こいついいやつなんですよ~。」と紹介された後輩の後輩がもはや私をさくっと追い抜いて管理職になっていきます。

 もはや惨めさを通り越して、会社から「君はもう不要だ」と宣告されているような、乾いた空しさが心を支配します。

 かつては本社枢要部で順風満帆なサラリーマン人生を送っていた時期もありました。しかし本社栄転後の挫折、そして鬱病の発症。

 マズローの欲求段階説でいうところの「承認欲求」が、これほどまでに自分を苦しめるとは思いませんでした。この惨めさから解放される日は、果たして来るのだろうか・・・。

孤独を愛する「テレワーク最適解」の発見:火・木が最強な理由

 会社の人間に会いたくない。そんな私にとって、週2回のテレワークは唯一の救いです。試行錯誤の末、私はテレワークの「最適解」は火曜日と木曜日であるという結論に達しました。

  • 月曜日: 「明日はテレワークだから」という希望があるからこそ、重い足取りでも出社できる。
  • 金曜日: あえて出社します。会社の人とは飲みたくありませんが、仕事帰りに「知らない駅」で降りて一人で一杯やる。この「花金」の時間が、一週間のルサンチマンを浄化してくれるからです。

 

ラジオという名の「感傷」:孤独な作業を癒やしの時間に変える

テレワーク中、私の相棒はYouTubeではなく「ラジオ」です。radikoから流れる音声は、不思議と仕事の手を止めさせません。

深夜ラジオに夢中だった受験勉強の日々。新人時代、上司に説教された後の営業車で流れていたFM放送。ラジオから流れる音は、過去の記憶とリンクし、今の孤独な作業時間を少しだけ「豊かな時間」に変えてくれます。地方のラジオを聞くためにプレミアム会員になるか迷う、そんな小さな悩みが、今の私にはちょうどいいのです。


テレワーク中のラジオ視聴の際に孤独感を感じながらも作業に集中できます。

雑感まとめ

 出世競争に負けた事実は変わりません。しかし、家族との日常や、時には美味しいものを食べに行く時間は誰にも奪われません。

 「自分はもう不要なのでは」と夜に一人で悩んでいるのなら、まずは火・木テレワークと、ラジオ、そして金曜日の「一人飲み」から始めてみませんか。会社での評価が全てではない。 そう自分に言い聞かせながら、2026年度もなんとか生き抜いていこうと思います。


  ささやかな贅沢・・・。

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