第一次世界大戦について書かれた本の中でも、名著として知られるバーバラ・W・タックマンの『八月の砲声』。
以前から一度読んでみたいと思っていました。
しかし、かなりのボリュームがあり、登場する政治家や軍人も多い。
「これは読むのに時間がかかりそうだな……」
そう思って、なかなか手を出せずにいた一冊です。
今回、ようやく読んでみました。
結論から言えば、
決して読みやすい本ではありません。
しかし、第一次世界大戦や軍事史に興味があるなら、一度は読んでみる価値のある本だと思います。
そして私の場合、1回目よりも2回目の方が圧倒的に面白く読めました。
『八月の砲声』は第一次世界大戦「最初の1か月」を描いた本
『八月の砲声』は、アメリカの歴史家バーバラ・W・タックマンが1962年に発表した作品です。
翌1963年にはピュリツァー賞の一般ノンフィクション部門を受賞しています。
題材となるのは第一次世界大戦。
ただし、1914年から1918年まで続いた戦争全体を描く本ではありません。
中心となるのは、第一次世界大戦が始まり、1914年9月の第一次マルヌ会戦に至るまでの開戦初期です。
第一次世界大戦というと、
- 塹壕戦
- 機関銃
- 毒ガス
- 戦車
- 国家総動員による総力戦
といったイメージが強いと思います。
しかし『八月の砲声』が描くのは、それらが本格化する前。
各国が「短期間で勝てる」と考えながら大軍を動かし、結果的に誰も想定していなかった巨大な戦争へ突入していく過程です。
その意味では、20世紀の総力戦へ向かう入口を描いた本ともいえるでしょう。
最初の印象は「人物と地名が多くて難しい」
私はもともと歴史が好きです。
それでも、最初の通読ではかなり苦労しました。
ドイツ軍、フランス軍、イギリス軍、ロシア軍。
それぞれに軍人や政治家が登場し、さらにフランスやベルギー、東プロイセンなどの地名が次々に出てきます。
「この将軍、ドイツ軍だっけ? フランス軍だっけ?」
2回目に読んでも、脇役の将軍については一瞬分からなくなることがあります。
さらに日本人の私には、西ヨーロッパの地理感覚があまりありません。
ドイツ軍右翼がベルギーからフランス北部へ大旋回していく動きを文章だけで追っていると、
「今、どこを進んでいるんだ?」
となることもありました。
この本を読むなら、第一次世界大戦当時のヨーロッパ地図を横に置いて読むのがおすすめです。
エドワード7世の葬儀から始まる「古いヨーロッパの終わり」
本書の始まりが印象的です。
物語は1910年、イギリス国王エドワード7世の葬儀から始まります。
そこにはヨーロッパ各国の国王や皇族が集まっていました。
当時のヨーロッパの王室は、親戚関係で複雑につながっています。
しかし、そのわずか4年後。
彼らの国々は、互いに戦争を始めます。
第一次世界大戦の開戦を振り返ると、第二次世界大戦とは少し違った不気味さがあります。
ヒトラーのような一人の独裁者が明確な侵略計画を命令し、それによってすべてが始まったわけではありません。
サラエボ事件、オーストリア=ハンガリーとセルビアの対立、ロシアの動員、ドイツの判断、フランスとの同盟関係。
複数の国家がそれぞれ自国の論理で行動し、それが互いに連鎖していく。
まるで「死のピタゴラスイッチ」のように、状況が次の状況を呼び、やがて誰にも止められない戦争になっていく。
もちろん、現在の第一次世界大戦研究では「同盟関係が自動的に作動して戦争になった」と単純に説明することはできません。
各国政府や軍部には、それぞれ判断する余地がありました。
だからこそ逆に、
「なぜ止められなかったのか」
という怖さがあります。
地中海の「ゲーベン追跡戦」も面白い
私が『八月の砲声』を読んで初めて詳しく知ったのが、開戦直前から地中海で繰り広げられたドイツ艦隊とイギリス海軍の駆け引きです。
ドイツ海軍の巡洋戦艦「ゲーベン」と軽巡洋艦「ブレスラウ」。
それを追うイギリス地中海艦隊。
単なる海上の追いかけっこに見えますが、最終的にゲーベンとブレスラウはオスマン帝国側へ逃れ、その後のオスマン帝国参戦にも影響を与えることになります。
第一次世界大戦というと、西部戦線の塹壕戦ばかりをイメージしていました。
しかし開戦直後から、地中海でも各国の判断が戦争の行方に影響していた。
このあたりも、この本を読んで面白かった部分です。
タンネンベルク、そして西部戦線へ
東部戦線では、有名なタンネンベルクの戦いが描かれます。
ロシア軍に対してドイツ第8軍が大勝した戦いです。
ヒンデンブルク、ルーデンドルフ、そして参謀マックス・ホフマンらが登場します。
ホフマンはロシア軍の動きを分析し、作戦立案で重要な役割を果たしました。
ただし、タンネンベルクを「ホフマン一人が考えた作戦」としてしまうのは少し単純化しすぎでしょう。
既存の作戦構想や各軍団の判断もあり、その上でヒンデンブルク、ルーデンドルフ、ホフマンらがロシア第2軍を包囲する作戦を実行していきます。
こういうところも、少し背景を知ってから読み直すと面白さが増します。
シュリーフェン・プランは本当に「モルトケが弱体化させた」のか
西部戦線では、第一次世界大戦を勉強すると必ず出てくる「シュリーフェン・プラン」が重要なテーマになります。
ドイツはフランスを短期間で撃破し、その後ロシアへ兵力を転用する。
そのために大兵力を右翼に集中し、ベルギーを通過してフランス軍を大きく包囲する。
これが一般に知られている説明です。
そして昔からよく語られてきたのが、
「小モルトケがシュリーフェンの構想を変更し、右翼を弱体化させたから失敗した」
という話です。
実際、1914年8月、ロシア軍が予想より早く東プロイセンへ侵攻すると、モルトケは西部戦線から2個軍団などを東へ送っています。
さらに西部戦線でも兵力配分が変化しました。
『八月の砲声』を読むと、この「もっと右翼を強く」というシュリーフェンの思想と、実際の戦争で徐々に右翼の力が削られていく流れが非常に印象的です。
ただし、ここは現代の軍事史研究では少し注意が必要です。
現在では、そもそも後世にイメージされたような完成された「シュリーフェン・プラン」が存在したのか、そしてモルトケの変更こそが敗因だったのかについて、研究者の間で大きな議論があります。
いわゆる「シュリーフェン・プラン神話」を批判する研究もあります。
そのため、
「完璧なシュリーフェン・プランを、無能なモルトケが台無しにした」
と単純に理解するのは避けた方がよさそうです。
『八月の砲声』が出版された1962年と現在では、第一次世界大戦研究も進んでいます。
こうした「本が書かれた時代」と「現在の研究」の違いを考えながら読むのも、この本の楽しみ方だと思います。
クルック軍は疲弊、連合軍もバラバラ。それでもマルヌへ
ドイツ軍右翼の先鋒を担ったクルックの第1軍は、猛烈な速度でフランス国内を進撃します。
しかし、人間も馬も補給も限界に近づいていく。
ドイツ軍が順調だったかというと、決してそうではありません。
一方のフランス側も混乱しています。
パリをどう守るのか。
どこでドイツ軍を食い止めるのか。
さらにフランス軍とイギリス海外派遣軍の連携も、決してスムーズではありません。
ドイツ軍もボロボロ。
連合軍もボロボロ。
それでも戦争は止まりません。
そして、1914年9月。
ドイツ軍の進撃は第一次マルヌ会戦で阻止されます。
短期決戦の可能性は失われ、西部戦線はやがて長大な塹壕戦へ向かっていく。
『八月の砲声』は、おおむねこの地点までを描きます。
一度で理解できなくても、二度読むと面白くなる
正直に言えば、私は1回読んだだけでは十分理解できませんでした。
しかし、一度通読すると、
「クルックはドイツ第1軍」
「ジョッフルはフランス軍総司令官」
「モルトケはドイツ参謀総長」
といった主要人物が何となく頭に残ります。
さらにベルギー、パリ、マルヌ、東プロイセンといった地理関係も少し分かってくる。
その状態で2回目を読むと、最初よりかなり理解しやすくなりました。
歴史好きの人でも、初見では苦労する本だと思います。
逆に言えば、
「一度読んで分からなかったから、自分には難しすぎる」
と諦めなくてもよい本です。
『八月の砲声』は難しい。でも一度は読んでほしい
『八月の砲声』は、気軽に読める歴史読み物ではありません。
人物が多い。
地名も多い。
そして第一次世界大戦についてある程度の基礎知識があった方が、圧倒的に読みやすい。
それでも、戦争ごとの描写は非常に面白く、国家指導者や軍人たちの判断がどのように絡み合い、巨大な戦争になっていったのかが生々しく描かれています。
また、出版から半世紀以上が経っているため、現在の研究から見ると修正・再検討されている部分もあります。
そこも含めて読むと、一層面白い。
第一次世界大戦に興味がある人。
シュリーフェン・プランやタンネンベルク、マルヌ会戦について一歩踏み込んで知りたい人。
そして、歴史上の大事件が「一つの原因」ではなく、無数の判断の積み重ねによって起きることに興味がある人。
戦争における組織の意思決定や、「なぜ失敗を止められなかったのか」というテーマに興味がある人には、『失敗の本質』もおすすめしたい。
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そんな人には、一度は読んでみてほしい一冊です。
ただし――。
二度続けて読むとなかなか疲れました。
次は、もう少し軽い本を読もうかな。

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